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宇宙はなぜ「光速」という制限を作ったのか

ヒッグス場の抵抗を受けずに進むことができる粒子が光子だけだから。
他の粒子はヒックズ場の中を進もうとすると抵抗を受けて、質量が生じる。例えるなら水の抵抗の中を進む原子力潜水艦のようなものだ。加速しようとすればするほど抵抗も大きくなって、加速に必要とされるエネルギーも無限大におおきくなってしまう。
逆の言い方をするなら、光子は停止することができない。永遠に光速で飛び続ける存在である。なぜなら、ブレーキをかけようにも抵抗になるものがないからだ。
一方で、ヒッグス場の抵抗によって質量が生じる他の物質は、加速したり減速したりできるが、質量を生じる以上、光の速度をこえることはできない。
あと、光の速度で飛び続ける世界では特殊相対性理論が正しいなら時間が進まないと思われる。仮に光子に意識があるとして、銀河系からアンドロメダ銀河まで光のスピードで異動しても、それはあたかも一瞬で到着したというように感じられるのではないだろうか。その間に地球で260万年経過していてもだ。

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"それは吉本隆明さんという方が
ある犯罪に際して話された言葉なんですね。
日本で15年くらい前、
ひとりの子どもが殺されて、首を切りとられ、
その首だけが学校の門の前に置いてあったという
事件がありました(神戸連続児童殺傷事件)。
そしてその事件は当時、
非常に猟奇的でスキャンダラスなニュースとして、
毎日、報道されていたんです。

でもその先生は、
メディアがその事件について
「人間のやることじゃない」
「犯人は常軌を逸している。信じられない」
といった論調で騒いでたときに、
「いや、犯人が特別というのは、違うんだ。
 人間にはもともと歴史的に
 そういうことをしていた時代もあるんだから」
ということを言ったんです。
人間がやってきた歴史の中には
たとえば日本でも、武士が手柄のために
相手の首をさらしていた時代もある。
だから、その事件についても
「スキャンダラスな事件としてではなく、
 『人間がやりうること』として捉えています」
と、おっしゃったんですね。

それでぼくは、その言葉を聞いたとき、
自分がいかに、
いまの時代、いまいる場所の考え方に
とらわれているかについて
反省したんです。"

(Source: eroticsets2018)

(Source: eroticsets2018)

(Source: R2--D2)